[今週のデスクサイド]拡大版 CMC ワルサーP38とその時代

■CMC製ワルサーP38について
 トイガンの世界では時代に関係なく模型化される銃というのがあるが、ワルサーP38は間違いなくその一つだ。しかし一方で、私は大戦独マニアにも関わらず、実はP38を熱心に集めた事はない。古くから各社より発売されており、どこから手を付けたものだか悩むということもある。それでも何挺かは持っており数えると6挺はあった(ここは笑うところか?)。ただし今回レポートを書くこの銃は私の物ではなくて、借り物の貴重品である。そのために、暫く私のデスクサイドに置いてはあったが、しっかりとケースの中に収まっていた。今はもう、製造は勿論、譲渡・売買も禁じられている金属製で銃身分離式拳銃のモデルガン、CMCワルサーP38である。

 オーナーの青鍛冶氏は四半周り程の先輩だが、ガンマニアにとって、とりわけモデルガンの世界では、この年代でのこの年の違いが単純な年齢差以上に大きいことは、このモデルについて調べて改めて実感した。66年生まれの私が本格的なモデルガンを手に出来る歳には、52年規制が既に実施されていた。実施時が11歳で、モデルガンを手にしたのは更にその後の中学に上がる直前だった。

 CMCがこのP38を発売したのは1971年。60年代から70年代初頭には戦記物の流行もあって多くの大戦物軍用銃がモデル化されている。勿論この時代は米帝国策による戦意高揚プロパガンダの余波で米軍の活躍する戦争物映画やドラマが日本にも多く流れ込んでいたという背景があるが、本欄の記事とはまた別の話。

 重要なのは、70年代がモデルガン界のターニングポイントであった事。学生運動やハイジャックや暴力団による違法改造等々、様々な因子が繋がって2つの大きな規制が行われた。この内容を極めて大雑把に書けば、銃口を閉鎖し本体色を白か黄にすること:46年規制(1971年実施)と、銃身分離型拳銃の禁止:52年規制(1977年実施)である。実際には銃種や材質に関しても細々色んな規制が掛かっている。

 この規制によってモデルガン業界自体は大きな暗礁に乗り上げるわけだが、とりわけこのワルサーP38という銃は、売り初めのタイミングも、そして構造も、この規制に正面からぶつかってしまうモノだった。そこが同じ大戦独物でもP08やPPK、C96とは異なるところである。CMCのワルサーP38が販売された時代の背景と競合商品についての詳細はP3資料編を参照されたい。52年規制によってMGCのタニオアクションモデル以外の全てが販売禁止となった。

 前置きが長過ぎたか。それでは次頁から手元のP38の方を見て行きたい。

貸し出し時のケース内。ビカビカにブルーイングされたGM5と同梱。GMは実際には表面保護の綿の靴下にくるまれていた。


P.1■CMC製ワルサーP38について
P.2■“ユニーク・コンディション”
P.3■資料編

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