怒濤の年度末が終了した。我が社ではなく得意先のだが。毎年度末には余らせた予算で「じゃあ、あれやっとこうか」的な仕事が出る。今時有り難い話である。
この時期だけはタクシー帰りもしばしばとなる。例年なら帰路途中歌舞伎町に降りるのだが、止まり木が折れてしまったためそうもいかなくなった。
季節の移ろいに気付けない程忙しかったとまでは言えないが、しかしあっという間に暖かくなり、日も長くなっていた。ロウバイいつ咲いてたっけと思う間もなく枝垂梅と梅が咲いたかと思ったら、もう既に白木蓮が散っている。歳を取ると時間の流れは意外な程に速い。これらは庭の木々だが、晩年の私は毎年このスパンが短くなって行くのを見送り続けるのかも知れない。晩年、なんてものを送れるのだかどうだか知らんが。
電車の座席に座っていて、ふと目の前に年寄りが立っているのに気付く事がある。私がぼうっとしていたとか何かに熱中していたとかでなく、何の気なしに顔を上げたら前に立っていた人が実は年寄りだったという次第だ。要するにあまり年寄り臭くない格好をしている人が多いという事でもあるのかも知れないが、ともかくこちらはばつが悪い。
尤も、こちらの年寄りの年齢基準も上がって来ていて、多少年配でも年寄りと認識しないということもある。何せ自分が50目前であるから60-70代前半位では年寄りには感じない。「年上はどこから年寄りか」という基準は年齢が異なると共有が難しい気がするが、私の中では自分の母親くらいの歳でないと感覚的には年寄りと感じない。
近所は年寄りが多い。夜遅くでもなければ誰かしら見掛ける。しかし、最近見掛けないと思っていると、入院していたりする事もある。一人暮らしの場合は亡くなってもその家で葬儀をするとは限らないので生死も不明な場合がある。
私がその様になるのはどの程度先の話か。庭の木々もそれは知らない。 |




今年はロウバイの咲いている所を殆ど見られず、撮りそびれてしまった。それぞれの画像の撮影日は、白梅3/15、枝垂梅は3/20、白木蓮は3/30となっている。
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