嫉妬

'10.5.12



 沈んだ気持ちを少しは立て直せるかと、取り敢えず近くの酒場に入る。

 今から30分後の19時から、僕は憂鬱な時間を過ごすことになっている。1時間程度あれば済む用事だと言うが、彼女は前の男と会うのだ。

 会うなと強制力を持って言える立場にあるか分からない。何をしながらその1時間をやり過ごせばいいか全く分からない。1時間なのかも分からない。取り敢えずアルコールを入れておく必要はあるだろう。

 やけに照明の明るいそのチェーンのイングリッシュパブは、本でも読みながら過ごすには最適だが、読みかけの本がない。そういえば先週、自分のポケットサーバに藤沢周の新刊をDLしていた。1杯目のドラフトをほぼ空けてしまいながら、しかしここでは回線が細くてとても読めないかと考える。試しにPADを起動してみる。何とギガクラスのフリーアクセスポイントがあった。なんだよ酒場にそんな物あって役に立つのか? 勿論僕は使うけれど。

 そこでふと、それは魔が差したと言うのか、つまらないことを思い付いてしまった。

 GPS端末のトレースアプリを立ち上げて、彼女のウェアラブルPCを追ってしまった。ストリートビューと連動した2時間書き換えの衛星マップが展開する。見覚えのある風景。

 彼女の家だ。

 おいおいおいおい。そんなの知ってどうするんだよ。ていうか「1時間」じゃないだろ。僕はもうヤケクソでジェムソンのストレートを煽る。

 ウェアラブルPCにハッキングを仕掛けて異常動作でもさせるか? いつだったか流行ったサブリミナル系音声コードを圧縮して叩き込んで思い止まらせるか? だめだ、コードの書けるアプリは手が入ってしまって先月DLサイトから削除されている。

 ていうか、そんなの駄目だろう。僕はストーカーか? 馬鹿か!

 ウインドウがポップアップする。

[着信:chika]ゴメン、茅場町のスタバのマップを携帯に送って〜。今日PC家に忘れちゃって。

 やっぱり、僕は馬鹿だ。