秘密基地

'10.5.7



「あ、可愛い」

 握った手を軽く引くので歩みを緩めると、彼女は大きなショーケースの前で立ち止まった。
 ドールハウス。アンティークではなく割合に最近の物らしい。これ位の方が確かに可愛い。

「君にそういう趣味があったとはね」
「ううん。でも子供の頃にシルバニアファミリーの家は持ってたな」

 シルバニアか。俺の世代ならリカちゃんハウスだな。

「男の子は人形遊びなんてしないものね」
「ああ。でも人形の家みたいなものはあったな」

 男の子の“人形の家”。それは空き地に建てた秘密基地だ。基地と言っても、その辺から集めてきた廃材を適当に重ねただけの代物だった。でもそれは、当時の俺たちにとっては秘密にしておきたいほど大切な場所だった。
 秘密は仲間がいてこそ守る意味がある。基地は3人の仲間で建てた。実際には小学4年生にとっての秘密の場所なぞ何の秘密にもならないのだが、当人達にとっては必死で隠し通さねばならない存在だった。隠し通すことにこそ、意味があった。

「そういうの、最後はどうなるの?」
「仲間以外に教えてしまって、それがバレて、おしまい」
「ひょっとして、教えちゃったのは代田さんなのね?」
「女の子、連れ込んだ」

 大きな目をまんまるくして、口角が上がると頬が持ち上がり目の下が膨らんで、少し、眉が下がったかと思うと眉間にしわを寄せ、目を細める。一瞬のうちにそんな表情をしたかと思うと、握った手ごと俺の脇腹を小突く。

「らしいねッ」


 商店街を抜けて古い陸橋を渡る。一人で渡ることもあれば、こうして彼女と手を繋いで渡ることもある。陸橋の先の大きな通りを2本入ったところに彼女のアパートがある。

「ここが今の俺にとっての秘密基地だな」
「隠し通さねばならない、でしょ?」

 少し意地悪く、そして哀しげに微笑む彼女に俺は返す言葉が見つからず、黙って彼女の髪を撫でる。

「で、お医者さんごっこするんでしょ」

 俺は笑って、軽く彼女の頭を小突いた。


この作品は、mixiの「お題に合わせて短編小説を書こう」コミュのお題「基地」に参加。字数制限は「小隊司令部発」の規定通り原稿用紙2枚分800字としている。