背中を撫でる

'10.5.5



 リビングの簡易ソファを窓際まで引っ張っていき、丁度陽の当たる辺りに置く。缶ビールでもと思ったが、何となく、うつらとそのまま眠って倒してしまう気がして止めておく。ジーンズと、上はタンクトップ1枚で横になると、暖かい陽射しがゼリーの様に心地良く体を包み、案の定、僕はうっすらとした眠りの膜の中に潜り始めた。

 それでも、足下の方から足音を忍ばせて近づいてくる気配はしっかりと感じ、だから、斜めに向けていた体を真っ直ぐ仰向けにする。

 暖かな陽射しに火照った下腹の辺りからシャツがたくし上げられて、いつもの、少し湿った様な手のひらが滑り込んでくる。やがて彼女の体躯のひんやりとした感触が僕の胸の辺りまでを覆う様になると、目を瞑ったまま、その背中を優しく撫でてやる。

 薄目を開けると、アミがじっと僕の顔を覗き込んでいた。見つめ返しても勝てないのは分かっていたから、僕はそのまま目を閉じて、彼女の背中を撫で続ける。

 昨年の秋にユカが別れると言い出したのは、端的に言えば「飽きたから」なのだそうだ。僕は好きになった相手に飽きた経験がないから、初めは彼女が何を言っているのか分からなかった。

 僕が怖れている事は、愛する人が僕の話題に乗って来なくなったり、僕の服の組み合わせに今ひとつ興味を抱かなくなったりするという事じゃない。僕が抱きしめてそっと背中に触れても、微かにも感じてくれなくなる事だ。誰かに対して飽きてしまうというのは、そういうことで現れると思うからだ。確かにその頃のユカは、僕がどんなに指先に気持ちを込めて触れても、何かの薄ら冷たい塊の様だった。

 そんなことを漠と思い出していた僕に気付いたのか、アミは沿わせた体躯を離し馬乗りの様な姿勢を取ったかと思うと、悪戯っぽい目つきで僕の体を押す様な仕草をする。余計に胸が苦しくなる。

 それにしてもお前だいぶ太ったな…。こんなに大きな猫、そうそういないよ。