'10.6.6



 窓の下には幅の広い運河が流れているため、視界は川幅分開けている。それ程の高層階ではないが、どこかから窓を覗かれる様な位置でもない。

 正面にあるのはアパレルの倉庫で、深夜には全く人気がないが、壁面に掛かるサインが悪くないデザインで、意外に淋しい感じはしない。ただ、少し照明が煩いかも知れない。

 依子はなぜか、いつも窓際で服を脱ぐ。逢う度違う洒落た下着と合わせて、あるいは“そういう性癖”なのかと思っていたのだが、そういう訳でもないらしい。窓際で抱き合うと素直に身を任せるが、そのまま求めてもその場所でということはない。

 「窓際で脱ぐと、いつもと違う解放感があるのが好き。ただ服を脱ぐだけって感じがしなくなるの」と、まるで詩の朗読のようなことを言う。

 思わず「洗濯機の前で脱いでくれとは言わないさ」と言うと、私の冗談を軽くいなす感じに口元だけで笑うのだった。

 ある日、彼女の部屋を訪れ、あまり聞かないドメーヌのワインを2人で飲んでいると、午前中からの曇天が滑り落ちるように豪雨となった。

 「今日はゆっくりしていくでしょう?」という彼女の言葉が大概の場合は合図なのだが、その日は窓際に立ったままじっと外を見つめている。あまりないことなのでこちらも少し勝手が違い、指先だけで肩に触れ「どうか?」と訊いてみる。

 「厚いカーテンが掛かっているみたいで厭なの」と、窓際から動かない。

 彼女の肩越しに外を見ると、分厚い雨の膜がそのまま運河まで垂れ下がり、厭な焦燥の様な水の流れが、暗闇の中で渦を巻いている様に感じられる。

 見つめると、不安そうな彼女の瞳には、不安そうな自分の瞳が映っている。

 勿論、私が依子に与えられるのは“いつもと違う解放感”ではない。それが分かっているから、ただ、強く抱きしめ続けることしかできないのだった。分厚いカーテンで包む様に。


この作品は、mixiの「お題に合わせて短編小説を書こう」コミュのお題「雨」に参加。字数制限は「小隊司令部発」の規定通り原稿用紙2枚分800字。