「石田頼子の事ばかり考えてしまって胸が苦しいんです」

'10.4.24



「はぁ、参ったな」と思う。

 こういう気持ちを抑制する薬があるという記事を先月辺りにネットで読んだが、あれは何という名前だったかな。問題は、どうやって処方して貰うかだ。

「石田頼子の事ばかり考えてしまって胸が苦しいんです」

 それでは駄目だな。ちょっとアプローチを変えてみるか。

「石田頼子の事を想うと胸が一杯で、仕事が手に付かず業務に支障をきたし困っているんです」

 仕事が手に付かないって程のことはないな。いやしかし、仕事の予定は忘れている。

 鞄からパッドを取り出してスリープを解く。しかしスケジューラが会社のサーバに全然繋がらず、今日の予定が表示されない。どうにも間が悪いな。

 しかし例え薬が処方されたとして、気持ちを抑制してしまうと、それはそれでまた困ったことになる。

 彼女に「自分のことを一番に想ってくれる人でないと私、駄目なの」と言われた。抑制してしまっては一番でなくなってしまうかも知れない。

 そもそもが、自分が一番想える相手なら自分で分かるだろうが、相手が自分を思う気持ちが一番かどうかなんてどうやって計るというんだろう。彼女は解けない命題を自分自身に出している訳だ。

 かと言って、こちらが「好きだ」という気持ちをプレゼンし続けるのも考え物だ。あっという間に「好きだ」のデフレが起きて、結局こちらは不要でしかも採用されないプレゼンを延々と繰り返す羽目に陥る。これは、こちらにとって不毛なだけでなく、プレゼンを受ける側にとって不幸なことだろう。

 そう言えば明日もプレゼンが1件あったのではなかったか。スケジューラがオンラインになると同時に、上司から進行具合の報告を問うメールが届いた。考えていることをそのまま打って送る。

「石田頼子の事を想うと胸が一杯で、仕事が手に付かず業務に支障をきたし困っているんです」

 上司からはすぐに返信が来た。

「仕事のメールでは、呼び捨てにせずちゃんと役職名で呼んでくださいネ!」