銀行

'01.7.23

 その町に行くのは何年かぶりだった。「M銀行の脇を入って2軒目の"ドングリコーヒーの店"」での待ち合わせなのだが、店の名前は忘れたという事だし、彼のところにはファクスがないので、地図も送ってもらえなかった。確か改札を上がってすぐの交差点にいくつかある銀行の一つがM銀行だったと記憶していたので、まあいいかと思って改札を出た。ところが交差点にはM銀行はなく、違う名前の銀行が一つあるだけだった。さて困った。何せこの辺りは"ドングリコーヒーの店"だらけなのだ。ポイントになるものがわからなければ、おおよそ待ち合わせの店には辿り着くことはできない。とりあえずその銀行まで歩いていくと、壁面に貼られたポスターで更に私は混乱した。

 「時下、益々ご清栄のことと〜(中略)〜M銀行はT銀行と合併して、M-T銀行となるところを、あえてS銀行と名付けました。よろしくお願いします。云々」。

 それで、私の探しているM銀行はどうなったんだ? ひょっとして交差点にあった他の銀行の一つがT銀行で、あるいはこのS銀行は元・T銀行の方なのかもしれないのだ。

 それに「"あえて"S銀行と名付けました」ってどういう意味なんだろう。笹塚美枝子さんのお母さんが近田さんと再婚したので、戸籍上は近田美枝子となるところを、"あえて"「私はエヴァ・リュングマンです」と名乗ったようなものだろうか。彼女はなんでそんな突飛でややこしいことをするのだろう。勤務先の総務だって余計な仕事を増やされて面倒くさがるだろうし、それによって彼女の社内での仕事のやりやすさだって微妙に悪くなってくると思うのだが。気を付けて周りを見渡すと、リュングマンだのハーリントンだのが増えている様な気がする。それともこれは単なる外資系なのだろうか。いろいろ考えてみたが、所詮、銀行の考えることなど私にわかるはずもない。

 ともかく、銀行すら待ち合わせの目標とできない世の中になるとは思わなかった。銀行も銀行でご苦労なことだろうが、"待ち合わせ場所"などというのは永遠のものではないということなのだろうか。

 考えてみれば、それでなくとも昔の"待ち合わせ場所"の多くは、既に"待ち合わせ場所"ではなくなっている。今、あの"待ち合わせ場所"達はどうなっているだろうか。

 とりあえず、私はそのS銀行に入って"ドングリコーヒー"を一杯、注文してみた。行員は「"ヨモギコーヒー"ならございますが」と言うので、それでいいですと言った。果たして出てきたのはほとんど同じ物だったのだけど、ミルクの泡の具合がちょっと違うようだった。

 結局、待ち合わせの相手とは会えなかった。大切な話があったようにも思うのだが、会えなかった相手の用件を想像するくらい無駄なことはない。