コンビニへ

'08.8.2

 12時起床。陽は高いけれど、なんかもう1日終わっている気がする。夜の仕事が多いくせに、あたしにはまだまともな体内時計が生きているらしい。

 久米さんにメールを入れる。

 おはよぅ(^O^)/いま起きた。久米ちんお仕事がんばってる?

 口の中が気持ち悪い。水切りの中からグラスを取り出して、水道水を口にする。不味い。やっぱ「ボルヴィック」にしとけば良かった。吐き出しても口の中の気持ち悪さが収まらないのでブラシに歯磨きをたっぷり付けて歯を磨く。初めは乱暴に全体を磨いたけれど、思い直して奥から丁寧に1本ずつ磨き直していく。下の歯に移ったところでケータイがバイブで震える。

 クメ Re:>

 磨き終えるまで見る気はないけど、そのままというのも逆に気になってテーブルを離れる。窓際からテーブルの上のケータイを横目で見る。この距離が、むしろ「近くなったあたし達の距離」なのだという気もする。

 今日は仕事? こっちは相変わらず追われっぱなしだよ。

 こちらの今夜の予定を先に伝えてあげた方が良かったのか。そうすれば妙な牽制もされないで済んだか。あたしは逢いたいなんて一言も書いてないのに。でも、相手に訊かせてあげるのもこっちの役割なのはわかってる。

 久米ちんは純菜に会いたくないのかしら?今夜はオフだよo(^-^)o

 安っぽくて笑える。久米さんは笑っているのだろうか。笑っていてくれたら、その方がむしろ良い。

 「朝バナナ」を手にシャワーに入る。しばらくお湯にならないので桶に流し込む。1度洗濯機を回すほどは溜まっていないから、結局付け足し程度なんだけど。

 やはりケータイが気になる。狭い部屋と言ってもダイニングテーブル上にあるケータイのバイブレーションまでは伝わってこない。ていうか何やってんだあたし。

 念入りな手入れをして戻ってくると、メールが1件。

 ごめん。今日はダメだ。残念。週末は大丈夫かも。

 何だよ。逢いたいのに。逢いたいって“書いてる”のに。誰も聞いていないのにあからさまな舌打ちをしてテーブルの脚を蹴ってみる。

 すると寝室からタロがのそのそ出てきた。あたしに一瞥くれるのだけど目が合うと「ふん」とか言ってそっぽを向く。 こんな時、あたしはどうして良いかわからない。その辺が全然進歩していない。だけどなんだよ、少しはフォローしてよと思う。

 でもあたしはいつもの様にキャットフードをトレーに空けて床に置いてやる。澄まし顔のバカ猫は当然の顔をして食事にやって来る。必ずやって来る。だってそうしないと奴は死んじゃうから。

 飯を喰いに来たタロの身体を撫でる。暖かくてうっすら湿り気がある。一瞬煩わしそうにするけれど、すぐに食べる方に気を向け直す。食べるために気のない女に身体を撫でられるのってどうなの? つまらない問いをあたしはタロのうっすら湿った背中に投げてみる。

 いつもなら愛しく撫で続けるタロの背中も、今日は何かが空々しい。あたしはいつもの様にエアコンをフルオートに設定して、戸締まりを確認して外に出ることにした。なんか今日は部屋にいたくない。だけど何にも当てがない。

 バラバラだけど似通った家やアパートが建ち並ぶ住宅地はどこを歩いていても同じで、時々、あたしはどっちに向かって歩いてるんだっけとわからなくなる。実際にわからないわけはないんだけど、わからなくなった気になってしまう。でも今日は本当にわからない。行くところ決めてないせいもあるかも。

 空調完備の部屋にはタロがいる。携帯の向こうにはあたしの知らない久米さんがいる。あたしはよくわからない街を目的もなく歩いている。あたし達は繋がっているようで、やっぱ全然バラバラにそこにあるんだと急に実感する。何の前触れもなくあたしはそう実感した。

 実感? いや、何かのドラマでそういうシーンを見た記憶があるだけだ。設定もストーリーも思い出せないけれど、主役の流行の女優が出来たばかりのビルの前で嘘っぽい照明を浴びて涙を流していた。なぜ涙を流したのかは思い出せない。ひょっとしたら見ていたときもよく分からなかったのかもしれない。同じシチュエーションにいて、自分も涙を流してみれば分かる気もしたが、そもそも涙を流した理由が思い出せないのだから流せるわけがない。

 グルグルと気持ちがダウンして行くのだけはよくわかる。何だろう、いつものあたしじゃないみたいに。

 しばらく歩くと商店街の切れ端に当たる。周りの空気に、ふいに何かを思い出す。

 ハラヘッタ。

 そうだ。結局起きてからまだ何も食べていないんだった。お腹が空いてちゃ元気出ないよな。あたしはとりあえず初めに見つけるコンビニに駆け込むことにした。

 大丈夫。街中はどこへ行ってもコンビニだらけだ。