体質

'10.6.22

 今年も役員になった。娘が通う学童クラブの保護者会の、それも市内全域の取り纏めをする連合会の役員だ。

 学童クラブというのは、親が共働きやシングルであるために放課後すぐだと家に誰もいない小学校低学年の子供が、親が帰宅するまでの間を過ごす場所のことである。

 
自治体により運営形態が全く異なるため、保護者会も地域によってある所とそうでないところがある。しかし、なくても済むほどサービスが充実している自治体はレアだという。中には、利用者からの突き上げ対応が面倒で民間企業に委託する自治体もあるそうだ。そういう場合、大概保護者会活動は衰退する。保護者会潰しが目的なんじゃないかとも思う。

 
同じ保護者会でもPTAよりはマシだろうと考えている。なぜマシかというと、学童クラブの親は働いているから子供を学童クラブに預けているのであり、少なくとも一度も社会に出ていない様な人間が主体の集まりよりは社会性があるだろうという訳だ。教師が異動する程度で「みんなで手作りの贈り物をしましょう」だなんて気色の悪い提案を嬉々として持ち出す保護者は学童クラブの保護者会にはいない。

 
とは言え、預けなくてはならない程の環境であり、わざわざ役員のような無給の労役に就きたがる保護者はそう多くない。酷いのになるとくじ引きで嫌々来たりする。こういう手合いとは何を話しても無駄な事が多い。しかし一方で、「こういう“担当”に当たったとはいえ、それでもその責務を全うするのが大人の責任」と考える人もいて、社会人としての在り方自体が様々なのだと知ること、それ自体も貴重な体験だという気もする。

「そういうところってさ、結構不倫とかあったりするんだろ」

 実際に関わっていてそういう発想をする人間は会ったことがないので、保護者会やらとは無縁な男なのだろう。同僚の発言だ。

「いや、寡聞にして聞かんな。大体、親の集まりだぜ?」

 
もっとも、シングルの親だっているにはいるが、そんな話をすればまた面倒くさい話になっていくのでやめた。

「少なくても自治会よりゃましだろ。周り、爺さん婆さんばかりだよ」
「なんだお前、自治会の役員やってるのか」
「持ち回りでさ。女房が適当に受けて来やがった。どうせ自分は会合にも出ねぇくせに」
「吉岡」
「なんだ」
「お前を見直したよ」

 
そうだ、見直した。PTAより大変だろう。

 
それにしても俺はなぜ今年も引き受けたのだろうか。後継がいないということもある。つまり昨年度に後継を探せなかったということに勝手に引け目を覚えていたりもするのだ。仕事じゃないのに我ながら変だな。

 
理由ではないが、断る奴が不愉快だというのもある。「私、仕事で手一杯で」とかいちいち言う。こっちだって余裕綽々な訳じゃない。だったら学童に預けるものかよ。こんな奴の薄っぺらい言い訳聞かされる位なら俺がやる。

 
もっともそんな責任感や反発心ばかりが動機ではない。もともと好きなのだ、こういうのが。

「で、どうせ好きでやってるんだからやらせとけばいいのよ、とか陰で言われるのよね」

 
同じ役員の景山さん。商社で営業をしていると聞いた。仕事の後に役員会に来ることもあり、アップの髪に黒いパンツスーツ姿だったりして、これがなかなかイイ女なのだ。2児の母だけど。

 
妻も外だとこんななのだろうか。想像できない。子供が生まれてからこの方、仕事帰りに外で会うことがなくなった。そういえばどんな格好で出社してるのかも記憶にない。

「ま、好きでやってますけどね」

 
役員会の息抜きに、会合後の飲み会がある。まあ集まるのは大抵かなり働いている役員ばかりだが。

「泉さん、学生の時に部活動に打ち込んでた方じゃないですか?」
「え? ええ…。確かに」
「それも部長とかやってませんでした?」
「ああ、高校の時に2、3年と部長でした」
「でしょう? そういうものらしいですよ、役員引き受ける人って」
「そういうもの?」
「“部長体質”」

 
思わず感心してしまった。

「ねぇねぇ、飯田さん、学生の時クラブの部長とかやりませんでした?」
「やったやった。将棋部」
「らしい〜」
「ちなみに景山さんはなに部だったんですか?」
「陸上」
「ええーッ」という声が周囲2メートルであがって、それから、さてそろそろ帰るかとなった。

 
色白で肉付きの良い彼女はあまり陸上部という感じではないが、勿論そんなことは口には出さない。でも周囲の反応を見る限りみな同じ事を考えているのだなと思った。

 
帰路、一緒になった他の役員が話し掛けてくる。

「景山さん、陸上には見えないっすよね。ちなみに泉さん、なに部でした?」
「美術部」
「ああ…」ああって何だ。

 
それにしても“部長体質”とは上手いこと言うな。確かにそうだ。しかも、今の役員と同じ様な感じでやっていた。自分の事ながら、なんか笑える。

 体質じゃあしょうがねぇな。


この作品は、mixiの「お題に合わせて短編小説を書こう」コミュのお題「部活動」に参加。字数はコミュの仮規定2000字に準拠。