駐車場と缶コーヒー

'03.5.29

 以前と比べると、休日の私は比較的早く起きるようになった。土曜の昼と日曜の午前中は、4歳の娘をプール教室に送迎するために、クルマで15分ほどの所にある近所のフィットネスクラブまでの間を往復しなければならないからだ。

 フィットネスクラブというと、アフター5に若いビジネスマンが通ったり、あるいは出勤前の水商売の人が汗を流したりというイメージが強いし、実際そういう知り合いも何人かいる。しかし郊外の住宅地ではそういう風には人は集まらないのだろう。そのフィットネスクラブは、子供向けのプール教室がメインになっている様だ。

 駐車場は12台程のスペースで、送迎ピークの時間帯にはすぐに満車になり、道にクルマが溢れ出す。

 同じ子供連れでも保育園などと違い、個々のドライバーには譲り合おうとか順番を守ろうという意識が薄い印象を受ける。自分たちはお客様だというのが先に来て、一つの場所を共有しているという意識が希薄なのだろうか。老若男女問わずそういう人が多く、加えて縦列駐車もまともに出来ないドライバーも多いので、クルマの出入りは無闇に混乱してウンザリする。

 フィットネスクラブの駐車場と言っても、要するに郊外の子供プール教室である。中央区辺りにあるパーキングタワー完備のフィットネスクラブの様に、Sクラスだの7シリーズだのジャガーだのの鼻持ちならないクルマは全く見当たらない。ほとんどが多分ミニバンの類だ。「多分」と言うのは、自分には専門外でよくわからないからである。ひょっとしたらSUVとか何とか、もっと違う分類で称するべきクルマも混ざっていたかも知れない。

 いずれにしてもあまり興味のない車種ばかりなので、娘が泳いでいる間、駐車場のクルマを眺めて過ごすということができない。珍しかったり旧かったりするクルマも特になく、外車もボルボのワゴン車とちょっと前のEクラス、後はE36を時々見掛ける程度。人様のクルマを勝手に面白いも面白くないもないもんだが、シュミというのはそんなものだから勘弁していただきたい。ありふれているという意味では、自分のE46だって充分ありふれているだろう。人によっては「3シリーズかよ」と舌打ちしているかも知れない。それどころか私はよくヴィヴィオで来たりもする。しかしヴィヴィオですら旧くて珍しい。

 シートを目一杯下げ、iBookを広げて書き物をしたりしていると、1時間位はすぐに経つ。でも時々はギャラリーに混ざって娘に顔を見せに行く。見てなきゃ見てないでも良いのかもしれないし、覗きに行ってもこちらに全く気付かないでいる事も多い。そのくせ変なところは見られていて、「ジュースもアイスも買ってくれないのに、お父さん、コーヒー買って飲んでたでしょ」などと帰りの車中で指摘されたりする。

 変な習慣なのだが、私はクルマに乗る時は必ずと言っていいくらい缶コーヒーを飲む。

 ところでそのフィットネスクラブの自販機は駐車場の脇にある。クルマから降りて買いに行くが、ある時ぼおっとしていたせいか失敗をした。100円玉だけポケットに突っ込んで自販機の前まで行ったのである。当然、普通の缶コーヒーは120円なので買えない。

 前の勤め先は社内に自販機があり、福利厚生で120円の缶コーヒーは100円になっていた。それで缶コーヒーは100円で買うものという感覚か付いてしまっていたらしい。

 最近、転職してうんと規模の小さい会社に移った。当然だが社内に自販機は置かれていない。代わりというわけではないが流しにはコーヒーメーカーが置いてあり、個々が勝手に自分で操作してコーヒーを淹れれば良い。前の職場のように、淹れるのは大抵隣の課の誰々(よく知らない女性社員)だから下手にいじらない方が良いかなぁなどと、変な気兼ねをする必要もない。多少余分に作れば誰かが飲むし、空けたら空けた人が洗って片づける。それでもドリップコーヒーばかりだと飽きるし、1日飲み続けたりすると胃の具合が悪くなる。それに時々甘ったるい缶コーヒーが無性に飲みたくなるのである。この時ばかりは休憩フロアに置かれた自販機が恋しくなる。

 ところがある日、気分転換も兼ねて外に缶コーヒーを買いに行こうかと思い立ち、4階からエレベータで降りて外に出たところ、ビルのすぐ裏手にディスカウント自販機が置かれてるのを発見した。

 コーヒー80円。

 どこのメーカーだかよくわからないが、とにかく安い。いや実際どこ製でも全然構わないのだが。これに飽きたらその隣にはメーカー物の90円コーヒーがあり、それから100円コーヒーが2種類ある。

 もっとも、会社のドリップコーヒーを飲んでいた方が余程経済的だし、ある意味健康的なのではあるが。「住宅ローンを抱えている人は、外で缶コーヒーなんか買わないよ」は妻の弁。確かにそうだろう。私にはいろんな自覚が欠けている。

 そんな私なので、妻は安売りの時に缶コーヒーを買いだめしてくる。1本65円、とか。メーカーは様々で、子供向けのオマケ付きなんてこともある。

 だから大抵の場合、プールの送迎時に私が飲んでいるのは家から持ってきた買いだめの缶コーヒーなのである。とは言え必ず在庫があるわけではないので、切れてしまった時にだけ、120円の缶コーヒーを買う。

 財布から100円玉1個と10円玉2個を出してポケットに入れる。保護者用のウインドウから娘の位置を確認して自販機に向かう。向かう途中でふと、あれ10円玉は本当に2個あったかどうだったかと怪しくなりポケットに手を突っ込むが、なぜだか感触だけで100円玉と10円玉の区別がつかなくなっている。ここで踵を返すのも変だしなぁと考えるが、自販機の前に立つときには「どっちが何円玉でも缶コーヒーは買えるか」などと独り合点がいってにやついている。

 クルマに戻ってプルタブを引いて、そこから娘のクラスが終わるまでは30分弱。駐車場の入り口付近は、そろそろ次の回の見送りで混乱が始まっている。