今日の一杯

'01.01.19

 村上春樹の作品には、たまに「働くことに熱心でない人」が登場する。別に生きる意欲を失っているとか、ひたすら自堕落だとかいうことではなくて、要するに金持ちでスタイリッシュなのだ。私も金持ちでスタイリッシュになれたらいいな、くらいは思う。残念ながら大して金もない単なるサラリーマンでしかないのだが。

 私は、自分にはそれしか出来なさそうな仕事に就いているくせに、実は大して一生懸命仕事をしていない。仕事を深化させることにあまり興味がいかないらしい。それでいてスタイリッシュでも、ましてや金持ちでもない。困ったものだよ。

 そんな私でも、そりゃたまには残業もするし、終電に間に合わない様な仕事をすることもある。で、昨日はタクシーで帰宅した。

 乗ったのが、ま、変わったタクシーだった。

 あまり聞いたことのない会社(足立区にあり、車は21台しかないそうだ)で、車もちょっと旧かった。運転手さんは六十代のかなり腰の低い人で、どうも昔は小さい会社を共同経営とかしていて、銀座あたりでブイブイいわしていた様な感じだ。運転手さんは特に自慢話などはせず、淡々と当時の話をされただけなのだが。

 私が、2時位まで会社にいてとりあえずビールでも一杯やって帰りたかったのに、どこも終わっていてそのまま帰ることにしたと話したら、道中長いし一息つけながら帰りますかと言われた。話を飲み込めないまま銘柄と本数を訊ねられて答えたら、運転手さんはコンビニで車を停めて私に缶ビールを買ってきてくれた。「サービスですから」と、その分のお金は受け取らなかった。

 「タダ酒が旨い様なら立派な酒飲みさ。明日の自尊心より今日の一杯ってな」は、矢作俊彦の「気分はもう戦争」だったか。

 スタイリッシュでも金持ちでもない私は、旨いタダ酒をありがたくいただいた。
 もっとも、おかげで帰り着くまで眠るわけにもいかなくなってしまったんだが。